「今月の安全スローガンを唱和してください」 「ヒヤリハット報告を出してください」
毎朝の朝礼で繰り返される、呪文のような安全確認。 分厚いマニュアル、退屈な座学、形骸化したリスクアセスメント。
企業の安全衛生担当者や現場のリーダーの皆様。 胸に手を当てて考えてみてください。 御社の従業員は、本気で「自分事」として安全に向き合っているでしょうか?
「面倒くさいけれど、ルールだからやる」 「自分だけは大丈夫だろう」
そんな「正常性バイアス(根拠のない安心感)」が現場に蔓延していませんか?
安全衛生とは、単に法律を守ることではありません。 かけがえのない命と健康を守るための、人間としての根源的な営みです。 しかし、空調の効いた安全な会議室で、パワーポイントの事例写真を見せられても、本当の意味での「危険の怖さ」や「命の重み」は伝わりません。 安全な場所に慣れきってしまった現代人の脳は、リアリティのない情報に反応しないのです。
退化した危険感受性(アンテナ)を呼び覚ますには、一度、安全地帯から抜け出し、制御不能な大自然の中に身を置く必要があります。
マグマリゾート。 活火山の荒々しい息吹、足元を揺るがす地熱、予測不能な風。 ここは、人間が本来持っている野生の勘、生存本能を強制的に再起動させるための「訓練場」です。
ルールブックを暗記させるのではなく、本能に刻み込む。 他人事の研修を、自分と仲間の命を守るための「真剣勝負」へと変える。
本記事では、形骸化した安全衛生活動に命を吹き込み、組織の安全文化を根底から変革する、マグマリゾート流・安全衛生合宿の全貌を、4000文字超の熱量で描き出します。

第1章:危険感受性の退化。飼い慣らされた五感を呼び覚ます
見えていないリスク
現代のオフィスや工場は、安全対策が施され、非常に快適です。 段差はスロープになり、危険箇所にはカバーがされ、警告音が鳴る。 しかし、この「守られた環境」こそが、人間の危険予知能力を退化させています。 五感を使わなくても安全に過ごせるため、小さな異変(異音、異臭、違和感)をキャッチするセンサーが錆びついているのです。 この状態で、いざ非定常作業や想定外のトラブルが発生すると、脳がフリーズし、重大な事故に繋がります。
マグマ・センス・アウェイクニング(覚醒)
合宿の初日、まず行うのは「五感のチューニング」です。 デジタルデバイスをすべて預け、森の中へ入ります。
「目隠しをして、足の裏の感覚だけで歩いてみてください」 「耳を澄ませて、風の音がどう変わるか感じてください」
視覚情報に頼りきっていた脳が、パニックを起こします。 石ころ一つ、木の根一つが、リアルな「脅威」として感じられます。
「普段、いかに何も見ていなかったか、聞いていなかったか」 この気づきが重要です。 錆びついていたセンサーの感度が上がり始めます。 「機械の音がいつもと違う気がする」「何かが焦げている匂いがする」。 現場に戻った時、この研ぎ澄まされた五感こそが、マニュアルには載っていない「事故の予兆」を捉える最強の武器となります。

第2章:制御不能な体験。机上論ではない「痛み」の想像力
「知っている」と「分かっている」の違い
座学研修で「高所作業は危険です」「転倒に注意しましょう」と教わります。 頭では理解していても(知っている)、身体感覚として危険性を理解している(分かっている)とは限りません。 だから、安全帯(墜落制止用器具)を面倒くさがったり、ポケットに手を突っ込んで歩いたりします。 痛みの想像力が欠如しているのです。 安全意識を高めるには、制御不能な状況下での「ヒヤリ」とする原体験が必要です。
ワイルド・フィールドワーク
マグマリゾート周辺の、整備されていない自然の中を歩くフィールドワーク。 足場が悪い岩場、滑りやすい苔、急な天候の変化。 ここでは「絶対安全」は保証されていません。
「おっと、危ない!」 足が滑り、バランスを崩す。心臓がドクンと跳ねる。
この身体的な恐怖体験が、脳の扁桃体(感情の中枢)に直接働きかけます。 「一歩間違えれば怪我をする」。 そのリアリティが、痛みの想像力を喚起します。
「あの岩場に比べれば、現場の足場がいかに恵まれているか」 「だからこそ、慢心してはいけないんだ」
机上の空論ではない、体温を伴った危機感。 それが、安全ルールを「守らされるもの」から「自分を守るために進んで守るもの」へと変える原動力になります。

第3章:相互扶助の原則。声を掛け合わなければ生き残れない
「見て見ぬふり」という最大の罪
労働災害の多くは、ヒューマンエラーが原因ですが、それを助長するのが「コミュニケーション不足」です。 同僚の危険な行動に気づいても、「注意したら気まずい」「余計なお世話だろう」と見て見ぬふりをする。 あるいは、自分が困っていても「助けを求めたら無能だと思われる」と一人で抱え込む。 この冷たい個人主義が、事故の温床となります。 安全な職場とは、お節介なほどに声を掛け合える職場です。
サバイバル・チームチャレンジ
不便な環境下での共同作業は、コミュニケーションの重要性を痛感させます。 例えば、チームで協力して重い丸太を運び、橋を作るミッション。
一人では絶対に無理です。 「せーの、で持ち上げるぞ!」 「足元滑るから気をつけて!」 「右側が重い、支えてくれ!」
声を掛け合わなければ、作業が進まないどころか、怪我をします。 自然発生的に生まれる「指差呼称」と「声掛け」。
「大丈夫か? 無理するなよ」 相手の体調や顔色を気遣う(ケア)。
作業を終えた時、チームには強い連帯感が生まれています。 「あいつの声掛けで助かった」。 この成功体験が、現場での「お節介」のハードルを下げます。 「安全のために声を掛けることは、最高の優しさなんだ」。 相互監視ではなく、相互扶助の文化がここから始まります。

第4章:メンタルヘルスの危機管理。見えないストレスと戦う
心の怪我は目に見えない
現代の安全衛生において、フィジカル(身体)と同じくらい重要なのがメンタル(心)の健康です。 長時間労働、プレッシャー、人間関係のストレス。 心の不調は、判断力を鈍らせ、ミスを誘発し、重大な事故につながる可能性があります。 しかし、身体の傷と違って、心の傷は見えにくく、本人も自覚がないまま限界を迎えてしまうことがあります。 自分のストレス状態に気づき、適切に対処する「セルフケア能力」が不可欠です。
マグマ・リトリート&自律神経チューニング
都会の喧騒から離れ、マグマリゾートの圧倒的な静寂に身を置くこと自体が、強力なストレスケアになります。 交感神経(緊張モード)優位で張り詰めていた神経を、強制的にリセットします。
温泉の熱と、森の冷気を行き来する温冷交代浴(サウナ)。 「ととのう」感覚の中で、自律神経のバランスが整っていく。
「最近、こんなに深く息を吸ったことがなかった」 「ずっと肩に力が入っていたんだな」
自分の身体の悲鳴に耳を傾ける(内観)。 ストレスが溜まると身体がどう反応するかを知ることで、早めの対処ができるようになります。 また、焚き火を見つめながら、何もしない「空白の時間」を持つ。 脳の疲労(脳疲労)を回復させ、レジリエンス(精神的回復力)を高める。 健康な心身があって初めて、安全な作業が可能になることを体感します。

第5章:安全文化の醸成。ルールではなく「誓い」で守る
やらされ仕事からの脱却
「ルールだから守れ」というトップダウンの押し付けでは、安全文化は根付きません。 監視の目がなくなれば、すぐに手抜きが始まります。 真の安全文化とは、社員一人ひとりが安全の価値を腹落ちし、自律的に行動する状態です。 そのためには、安全活動を「やらされ仕事」から、自分と大切な仲間を守るための「誇りあるミッション」へと昇華させる必要があります。
サンライズ・セーフティ・オース(誓い)
最終日の早朝。 地球のエネルギーを感じるマグマリゾートの丘で、朝日を浴びながら、参加者全員で安全への誓いを立てます。
会社が決めたスローガンを読み上げるのではありません。 この合宿で感じた恐怖、仲間の大切さ、家族の顔を思い浮かべながら、自分の言葉で宣言します。
「私は、絶対に怪我をしません。家族を悲しませたくないから」 「俺は、仲間の危険を見逃しません。大切な仲間だから」
大自然を証人にした、魂のコミットメント。 その言葉には、言霊(ことだま)が宿ります。
「よし、やろう。全員で無災害を達成しよう」。 固い握手と、真剣な眼差し。 ここで共有された熱量は、職場に戻ってからも消えることはありません。 安全帯のフックを掛ける「カチッ」という音が、誓いの証となります。

まとめ:安全とは、愛である
安全衛生活動は、地味で、面倒で、コストがかかるものだと思われがちです。 しかし、その本質は「人間愛」に他なりません。
働く仲間が、今日も元気に出社し、五体満足で笑顔で家族のもとへ帰る。 そんな当たり前の日常を守り抜くための、尊い活動です。
マグマリゾートでの安全衛生合宿は、その原点に立ち返る旅です。
退屈な義務ではなく、命を愛おしむための能動的なアクションへ。 錆びついた本能を呼び覚まし、野生の勘と、仲間への深い愛着を持った「安全のプロフェッショナル」を育成する。
「うちの会社は、安全に対して本気だ」 社員がそう誇れる会社を、ここで作りませんか。
皆様の真剣な挑戦を、心よりお待ちしております。